【執筆者】ゴルフジャーナリスト/三田村 昌鳳Shoho Mitamura&スポーツジャーナリスト/本條 強Tsuyoshi Honjo
このコーナーは、ゴルフジャーナリストの三田村さんとスポーツジャーナリストの本條さんが交互に執筆しています。第28回は本條さんです。
銀さんからレッスンをつけられた
スポーツジャーナリスト/本條 強
銀さんとは、アマチュアゴルフの神様、中部銀次郎さんのことである。大洋漁業(現マルハ)の御曹司という毛並みの良さに加え、その華麗なスイングと美しい弾道、クレバーなコース攻略、きれいな勝負で、日本アマを実に六回も獲った素晴らしい人である。 その銀さんが競技から遠ざかり、それまでに培ったゴルフの心を一冊にまとめた。『もっと深く、もっと楽しく』というその本は、ゴルフの奥義を知ることのできる名著として、ロングセラーを続けている。 その本に感銘を受けた僕は、多くの読者と同じように「中部銀次郎さんは神様」と敬ってしまった。その神様に、三年前恐れ多くもお会いすることができたのだ。 僕が編集している雑誌にご登場いただき「シングルの世界とはいかなるものか」を語っていただいた。 具体的なことをいろいろとお話ししてくれたが、要するにシングルの世界とは、並はずれた才能と信じられない努力をした人だけが見ることのできる、桃源郷ということだった。 芝の一本一本、風の強さや湿り気までを感じ、把握できてこそ、何をするべきかを考えられる世界であった。僕のような、生半可な人間が聞かせていただくには、あまりにももったいないお話だった。 そして、話が終わるや、銀さんは突然僕に言った。「ほら、そこの壁に頭をつけて、思い切り腕を振ってみて」と。 僕は「えっ?」と驚きながらも、内心「そんなこと知ってるよ」と思いつつ、その大昔から言われている練習法を素直にやってみた。 するとどうだろう。振り下ろした両手が壁にぶつかりそうになって、思わず頭を壁から離してしまった。「頭はずっと壁につけて!」と銀さん。 こうして再びやってみると、今度は両手をしたたか壁にぶつけ、甲の皮がずる剥けてしまった。 「いてーっ」 大笑いする銀さん。「この練習を毎日やって、手がぶつからなくなったら、もういいショットが打ててるよ」 僕にとって、こんなこと知ってる、言われなくたってできてると思っていたことが、実はまったくできていなかったのだ。「壁に頭」という基本中の基本ができていないということは、いつの間にか、ゴルフの基本を忘れ、あまりにも自己流になっていたということではないか。 目から鱗が落ちるとはまさにこのことである。しかし一体、銀さんは、何で僕がそのことをできないと知っていたのだろう。 グリップを一目見ただけで、その人の腕前から球筋、性格まで、そしてあげくの果てにはこれまでの人生までも占ってしまう銀さんのことだから、僕の顔色だけで、すべてがお見通しだったのかもしれない。 それこそスーパーシングルの世界なのだろう。 宝生堂のお勧め 中部銀次郎ゴルフの心 もっと深く、もっと楽しく(『週刊東洋経済』 2001/3/3号掲載)
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